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Posted by TI-DA at

2013年12月08日

続×4・Brasil!!

マリンガの街。

2年前には空き地だったところに、新しい建物が続々と。

↓ここでサッカーのユニフォームを大量購入。

言うまでもなく、ウチのご主人様からのご注文。

マリンガのシンボル、三角錐の教会。ちょっと遠いが、近くに行くと全部写真に収まらないデカさ。

この教会をきれいに見せるために、教会の向こう側には高い建物を建ててはいけない。

という市の決まり(条例みたいなもの?)があるそうだ。


お天気も良く、暑い。


↓かつて住んでた長屋のようなアパート。

ビンボー暮らしで大変だったけど、今振り返ると楽しかった。

ドロボーに入られて怖い思いもしたが、それも経験。

アパートのすぐそばにある、主人が通っていたマリンガ大学。

私もポル語を習いに通ったが。今はKちゃんが在籍。

そして、今回初めて訪れた場所。日本庭園。

日本移民100周年を記念してつくられたそうで、かなり立派。

いろんなモニュメントや、日本らしい風景が。



お食事ができる施設が奥にあるらしいが、今回はこの景色のみ味わう。

ブラジルの日系人の皆さんのパワーを感じるスポットに。


街の中心から車で10分ほどで到着。また来よう。

この日のお昼は、Kちゃんのnamorado(彼氏)くんが働いているお寿司屋さんへ。

デパートのフードコートの一角にある、量り売りのお店。

ブラジルでも日本食は人気。

お刺身はお刺身、寿司は寿司だが、驚きなのが巻き寿司。

巻き寿司を揚げたスシフリット(右上)に、具が甘いスシドゥセ(左下)。

完全に独自の食文化を歩んでいる。

お腹を満たした後、ボランティア時代から大変お世話になった方を訪ねる。

日系1世の植田さん。

カメラマンとして、マリンガの開拓時代からの写真を撮り続けている。

今も現役で、街の写真店で接客もするし、日系団体のいろんな役職を担っていらっしゃる。

2年ごとにお会いしているが、今回もお元気でお会いできて本当に嬉しい。

それからあまりお腹は空いていないが、どうしても食べなければ後悔するであろう、あの屋台へ。

ブラジルで「カショーホケンチ」と呼ばれる、ホットドック屋さん。

マリンガでは、そのデカさから「カショハオン」(でかいホットドック)と呼ばれている。


街角にあるこのカショハオン屋で、カショハオンを食べている時に、

たまたま通りかかった主人と出会ったのであった。

思い出の場所で、思い出の味を満喫。

といっても、半分食べるのがやっとのでかいホットドックをKちゃんと半分こ。

これでひとまず、会いたい人、行きたい場所、食べたい物をクリア。

この後、さらに和順会の先生方に、本格的な日本料理屋さんで夕食をご馳走になり、

夜行バスに乗って、サンパウロに帰る。

すべてスムーズと思われたが、

最後の最後、バスにのる直前にまたもやちょっとしたアクシデント発生。

果たして、無事バスに乗れるのか?!

~続く~
  


Posted by ぶるーな at 09:12Comments(2)

2013年12月02日

続×3・Brasil!!

マリンガのバスターミナルから、私がお世話になっていた和順会は近くにあり、

徒歩10分くらい。

今回も歩くつもりでいたら、車でお迎えに来てくれた人が。

主人の娘のKちゃん。(ウチの主人はバツイチなので)

大学4年生のKちゃんが、午前中は授業がないからとのことで

わざわざ来てくれたのだ。

Kちゃんの腕には、どこか見覚えのある顔が・・・。

ビートルズのジョージ・ハリスンのデザインらしいが、

それ以上に似ている、ウチのご主人様に・・・。

Kちゃんもそれを承知の上でのTATOOだそうで、

とっても嬉しそうに、このパパタトゥを披露してくれた。

日本人には度肝を抜かれるが、

ブラジル人らしい、表現。

究極の親孝行?!

さて、車に乗ったらすぐの、和順会。

ボランティア時代からいつもお世話になっている園長先生に挨拶をし、

ぐるっと施設内を回って、お年寄りたちにも挨拶。

変わらずお元気な方も、ちょっと体力が落ちた方も。

そして2年ぶりの再会を果たせなかった方も、数名。

ボランティアしてたころから数えると、もう10年近くなるので、

当然といえば当然だが、私が知っている入居者の方はだいぶ減っている。

ちょっと寂しいけれど、仕方のないこと。

身寄りがなかったり、さまざまな事情で入所せざるを得なかった

日系一世、二世の皆さんは、みんなここから共に暮らした仲間に見送られて

旅立っていくのだ。

当時働いていた職員もだいぶメンバーが変わっていて、

数名の顔なじみの職員と再会を喜ぶ。

その後、義姉とKちゃんと外出して、BARにて軽食。

大好きなCoxinha(鶏肉入り三角錐コロッケ)を食べる。

Suco de laranja(オレンジジュース)も、100%フレッシュで、

ブラジルに来た実感が沸く。

お昼ごはんは和順会で頂く。

ここではfeijao(フェジョン)というお豆料理が欠かさず出るが、

その味がまたブラジルに来た~と思わせてくれる。

宿泊させてもらうお部屋にもどり、長男をベッドに寝かせる。

と同時に、私も吸い込まれるように深い眠りに。

夜行バスは快適ではあるが、まっすぐ横になることはできないし、

ほとんど長男におっぱいをあげたり、立て抱きをしていたので、

背骨を伸ばして、手足を自由に伸ばして寝れることが

とてつもなく幸せ。

夕方近くでフェイラ(青空市場)やってるよ、と聞いていたので、

ちょっとだけ寝て、そのフェイラに行くつもりだったが。

もう起きたのが夜7時ごろ。

5.6時間は寝た。

この時期のブラジルは夏時間なので、まだ8時ごろまで日が落ちずに明るいのだが。

「こんなに寝るはずじゃなかった・・・」と後悔。

しかも、お友達親子が私に会いに来てくれていて、園長先生も私を起こしに来てくれたらしいが、

まったく気がつかず爆睡。

長い時間、お友達を待たせてしまった・・・。ごめんなさい。

その後、夕食は街中の大きなフェイラに行くことになり、

ここでパステルを食べる。

パステルは、ブラジル人が大好きな巨大揚げ餃子のようなものだが。

これを食べずしては、日本に帰れない。

4年前に家族でブラジル旅行した際、滞在中一度もパステルを食べなかった、

いや食べれなかったことがあった。

タイミングを逃しに逃したのだった。

パステルは小腹が空いたときのおやつにもなるが、

結構でかいので、しっかりとした食事並みに満腹感がある。

ということで、この日の夕食はパステル、ということで。

心身満足して、お部屋に戻ると寝る時間。

だが、さっきまとめて寝てしまったので、寝れない。

お部屋でNHKを見ながら、ずるずると朝方まで起きていた。

沖縄を土曜日のお昼に出発して、

機内泊、車中泊が続き。

久しぶりにちゃんとしたベッドで寝れる夜なのに。

ここでしっかり寝ないと時差ボケ直らないのに。

ちょっとだけ仮眠をとった。

結局早くにまた目が覚めて、まだ暗い夜空を眺めた。

久しぶりに、南十字星を見た。

これでまた、ブラジルに来たことを実感。

南十字星は写せなかったけど、お月様はきれいに♪


マリンガ日伯寺(老人ホーム和順会の同敷地内)の朝焼け。

一泊しかできないので、懐かしいこの夜と朝の風景を

しっかりと目に焼き付ける。

朝7時。

入居者の皆さんのCafe da manha(カフェ ダ マニャン 朝食)の時間。

私もお邪魔して、カフェを一杯頂く。

これもまた、ブラジルに、マリンガに来たって感じ。

天気も良し。

この後、夜のバスの時間まで、会いたい人、食べたい物、行きたいところを駆け足で。

~続く~

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

~おまけ~

ブラジルのお金。

紙幣。これで全部と思ってたら、主人に2へアイス紙幣がないことを指摘された。

忘れてた。

↑ギリシャ神話の誰かさんの顔、らしい。

↑裏?表?はブラジルにいる動物。2へアイスは、たしか海亀。

コイン。これも、1センターボ、忘れた。



↑これもギリシャ神話の誰かさんと、ブラジルの英雄さん、らしい。

1ドル=2.3R くらい。

  


Posted by ぶるーな at 13:20Comments(3)ブラジル旅行

2013年11月28日

続続・Brasil!!

サンパウロのグアリューリョス国際空港に着き、入国もスムーズに終えて預けていた荷物を受け取るとき。

流れ出てくる荷物を見つめて立っていたところ、

隣の女性から急に声をかけられた。

びっくりし、心の準備ができてなかったので、

彼女の言葉が最初聞き取れず、「?」顔をしていると。

「ポル語、わかる?」

「あ、はい、ちょっと・・・」

というと、彼女はゆっくり言い始めた。

「あなたの荷物がきたら、こいつが取るからね。言ってよ。」

と、自分の旦那か彼氏らしき人を捕まえながら言った。

その彼もにこやかに、「任してよ~」ってな顔。

「おぶりがーだ~♪」

こうやって声をかけてもらうと、外国だな~と感じる。

ご好意に甘えて、荷物がきたらお願いするつもりだったが、

私の荷物がなかなかやってこない。

逆に声をかけてくれたお二人さんの荷物が先に到着。

「大丈夫ですよ。ありがとう。スーツケースそんなに重くないから、自分でできますから」

と伝えるも、彼女のほうが彼に向かって

「あなた絶対待ってて、手伝ってあげるのよ!」という風にちょっと脅しをかけていた。

なんだか申し訳ない気持ちだったが、

それならばと結局長い時間待っててもらい、無事スーツケースを下ろしてくれた。

彼は仕事を終えると、笑顔で彼女とともに去っていった。実に爽やか。

赤ちゃんを抱っこしているとき、妊婦のとき、本当に周囲がとても親切にしてくれる。

今回のように空港でもそうだし、バスや電車の中、バス停やとにかく混み合っているところだと、

間違いなく誰かがすかさず立ち上がって席を譲ってくれたり、荷物を持ってくれたりする。

日本人のくせで「大丈夫ですから・・・」と遠慮しそうになるが、

譲ってもらったときは、こちらも気持ちよく「ありがとう」と好意を受け取るのが自然。

万が一、高齢者や妊婦に対して、席を譲ってくれそうにない場合、

彼らはちゃんと自己主張して、「ワシの席はどこだ?」「私妊婦なんですけど?」とアピール。

そんな光景も、何度か目にしたことがある。

とにかく生後3ヶ月の赤ちゃんをぶら下げた私は、

どこに行っても誰かが助けてくれるのだ。ありがたい。

スーツケースを引きながら、懐かしのグアリューリョス空港の出口へ。

出迎えの人ごみの中に、義姉の姿を見つけ、ホッとする。

そして義兄の弟さんがタクシーの運転手をしているので、いつも彼のタクシーでサンパウロのお義母さん宅へ向かう。

来年のW杯や3年後のオリンピックに向けて、空港も広くしたり、あちこちインフラ整備しているとのこと。

サンパウロの風景を楽しもうと思ったが、疲れて車中ウトウト。

気づいたら、もう義母の家の近くに。午後2時ごろ、到着。

お義母さんは、数年前から進行性の病気を患っているため心配していたが、重たい孫をしっかりと抱っこしてくれた。


義姉が、義母の身の回りの世話をすべてやってくれているので、本当に感謝。

そして実はこの日、義母宅に一泊するつもりで当初予定を立てていたが、

私と主人のうっかりミスで、この日にマリンガに移動しなければならなくなっていた。

ということで、わずか数時間義母宅で過ごし、この日の夜10時過ぎの夜行バスに乗って、

マリンガへ向かった。

慌しくて、お義母さんごめんなさい。

そして義姉が私を心配して、マリンガまで一緒に行ってくれる事になっていた。

マリンガは住んでいた街なので、私は一人でも大丈夫のつもりだったが、

赤ちゃん連れなのと、私の語学力の低さを心配して、同行を申し出てくれたらしい。(主人曰く)

本当はお母さんの世話をしなければならないのに、私のためにすみません。

義姉のご好意に感謝して、この日の夜10時過ぎ、夜行バスに乗る。

(バスターミナル・バハフンダ駅にて)

サンパウロのバハフンダ駅から、パラナ州マリンガ市までの10時間の旅。

以前はいつも8時間で着くバスに乗っていたのだが、ちょっとルートの違うバスらしく、いつもより長旅。

それでも義姉も一緒なので安心だし、バスといってもかなり上等のバスなので快適。

後は長男が泣かずにお利口さんでいてくれれば。。。

と、不安もあったが、時々おっぱいをあげたりあやしたりするだけで、よく眠ってくれた長男。

よかった~。

途中、トイレ休憩でパーキングエリアに立ち寄って、オムツ交換。

毎回ここのトイレにはお世話になっているが、今回初めて気がついたこと。

それが、これ↓。

ベビーバス。

長旅での、赤ちゃんの清潔を保つためであろう。

ブラジルにしては(と言ったら大変失礼だが)、なんと気が利く設備。

使ってみたかったが、幸か不幸か長男この時はまだ体を洗う必要はなく、

おむつ交換台だけお借りした。

昔からあったんだろうか??

赤子と旅して初めて、このありがたき存在に気づかせてもらった。

ま、使い心地は使ってみなければわからないが・・・(お湯は出る?水圧は?)。


機会があれば、ぜひ使わせていただきたい。ね?!

バスがマリンガに近づくにつれ、周囲も明るくなってきた。

ブラジルの大地が広がる。

赤土と、緑の畑と、青い空と。

懐かしき、この風景。

朝の8時半ごろ、やっとこさ、マリンガに到着。

バス10時間、頑張った長男。えらいぞ。

マリンガの滞在予定は1泊2日。

時間にして、38時間くらい。

短っ。

そしてその貴重な滞在時間を、時差ボケというどうしようもない睡魔によって、

無駄に食いつぶしてしまう私なのであった・・・。

~つづく~

  


Posted by ぶるーな at 01:05Comments(2)ブラジル旅行

2013年11月26日

続・Brasil!!

NYのニューアーク空港に到着。

那覇空港で手続きをしたときに、

手荷物はブラジルまでそのまま受け取らなくても大丈夫、と言われていた。

が、以前の旅行でそう言われながらも、一度ピックアップしないといけなかったことがあったので、

今回も要確認。

家族旅行では、いつも主人が気を配ってあれこれ調整や確認をしてくれるので頼りっぱなし。

今回はもちろん、私がしっかりしなきゃいけない。

飛行機を降り、荷物受け取りの場所を通ると、偶然にもMyスーツケースが見えた。

これはもしや一度とらなきゃいけないのか?

近くにいた従業員らしき人に、英語で質問。

やはり一度受け取って、すぐにまた預けるとのこと。

よかった~。ちゃんと聞いてみて。

相変わらず英語力に自信はないが、必要に迫られればそれなりに通じる英語になってるらしい。

もしくは、困った表情を相手がうまく読み取ってくれているだけかも知れないが。

リュックと赤子をぶら下げ、重たいスーツケースをガラガラ引いて。

わずか50mくらいの距離だっただろうか、あっという間にまたスーツケースを預け、入国審査へ。

長い列に並んでいて、途中までご機嫌よかった長男がぐずりだした。

すると、「こっちきな」

という従業員の案内で、私を先頭にして、新しい列に案内してもらえた。

飛行機でぐずるのは困ったもんだが、こういうときにぐずってくれるといいこともある。

入国審査を終え、次のサンパウロ行きの飛行機まで4時間ほど時間をつぶす。

まずはミルク用のお湯を確保するため、スタバに入る。

どこの店でもお願いすればもらえるだろうが、やっぱりスタバがいい。

NYは寒かったが、重労働?しているので私は暑い。

大好きなモカフラペチーノを頼んで、ついでにお湯もらえます?と、水筒を渡す。

髪をピンクに染めた強烈に印象に残る店員のお姉ちゃんが、快く対応してくれる。

4ドルちょっとのフラペチーノの代金に、1ドルをプラス。

高いのか安いのか、これでいいのかよくわからないが、とにかく目的であったお湯を手に入れることができた。

長男はすこぶる元気で、機嫌がよい。

これであと8時間飛行機にのれば、サンパウロに着く。

空港では義姉が迎えてくれることになっているので、本当にもうあと一息で安心できる。

搭乗ゲートでゆっくり出発時間を待つ。

沖縄から持ってきていたお弁当(タコライス巻き)をここで食べる。

隣にいた人が、長男を見て微笑んでくれたので、

「すいませんが、写真とってくださいませんか?」

とiPadを差し出してお願い。

快く写してくれる。

二人旅ではどうしても撮れる写真が限られてしまうので、

チャンスがあれば、遠慮なく撮ってもらうことを心がけている。

以前長女が1歳4ヶ月のときにも、私と長女だけでブラジルまで行ったのだが、

そのときは緊張のあまり、たったの一枚も写真を撮ることができなかった。

今回はそれに比べると、かなり余裕のある私。

FBでも、可能な限り近況をUP。

ほんとうに、この辺までは余裕の旅だった。

サンパウロ行きの飛行機に乗り込んだその直後、

それまでかなりお利口さんだった長男が、泣き出した。

泣いても、たいていおっぱいかミルクをあげれば落ち着く。

すぐに対応。

しかし泣き止まない。

しかも泣き声がでかい。

まだ離陸していないから、離陸までに泣き止んでくれればと

よしよしとあやしてみたり、だっこしたり、あれこれ試す。

しかし泣き止まぬ長男。

さて困ったことになった。

飛行機が離陸し、軌道にのってベルト着用のサインが消えた瞬間、

泣き続ける長男を抱えてトイレに駆け込む。

オムツ替えをしたときに、彼が泣いている原因を確信。

おなかが硬く、パンパンに脹れている。

「便秘だ・・・」

思い返せば、沖縄出発前から出ていないじゃないか。

沖縄⇒成田⇒NYの移動中、何度もオムツ替えたけどウ〇はしてない。

最近一日一回は確実に出ているから、長い時間でないと当然苦しいだろう。

何かを訴えるように、激しく泣き叫ぶ長男。

あ~ごめんよ。もう少し早く気づいてあげれば。

呪文のように「出ろ~出ろ~」と言いながら、

脹れているおなかを「のの字」にマッサージ。

それでもギャンギャン泣いている。

飛行機の中の狭いトイレで、一人奮闘していると、

ドアを叩く音が聞こえたような気がした。

が、まだ取り込み中だし、とりあえず私もトイレを済ませたいので

もう少し長男を落ち着くまでマッサージを・・・と思っていたら、

なんとトイレのドアが開いた。

というか、勝手に開けられた。

一人のCAが、なんやかんや言っているが、

急にドアを開けられてびっくりしたのと、泣き叫び続ける長男を何とかせねばと必死で、

うまく言葉が出てこない。

「この子、おなか痛いんです」

と、伝えるも、伝わったのか伝わってないのか、

そのCA、私に外に出ろと言う。

は?ていうか、私も今からトイレしたいんですけど、

と言ってみたものの、これもスルー。

長男を抱えて、座席に戻るも、座ると余計に泣くので、

仕方なくトイレ横のわずかな空間にて、待機。

CAは、廊下を歩け、という。

そんなんできるわけないでしょ。ただでさえ身が縮まる思いしてるのに。

トイレから追い出されて、完全に行き場を失い、

飛行機の一角で泣き子を抱えて、ひたすら祈る。

お願いだから、泣き止んで~。

お願いだから、ウ〇出て~。

あやして、祈って、無理やり哺乳瓶を口に突っ込んで。

当然、おなかがすいて泣いているんじゃないので、余計に怒って泣く長男。

それでも何もしないわけにはいかない。

ごめんねごめんね。どうしようどうしようどうしよう・・・。

そして思いついた。

「よし。あれだ。」

私はカバンから綿棒を取り出した。

そして、再びトイレに突入。

あのCAにまた開けられるかも知れないと思ったが、構わなかった。

実は長男が生後1,2週間のころ、便秘になったことがあった。

不安になって、産院に相談に連れて行ったところ、

看護師さんが綿棒を使って、肛門を刺激する方法を教えてくれた。

三人の娘たちには、この経験はなかったので、ちょっとドキドキだったが、

帰宅してから自分でもやってみた。

すると効果テキメン。

翌日にはすっきり出たのだった。

あの日の経験を、まさに今再び実行する時が来たのだ。

またあのCAに扉を開けられるかもしれないと思ったが、構わなかった。

ギャンギャン泣き続けているが、これをすればきっと出る。

そう信じて、祈りながら、呪文をとなえながら。

予想通り、背後でガチャと扉が開く気配を感じたが、

もう振り向かなかった。

この子を泣き止ませるのは、私しかいないのだ。

誰に頼ることもできない。

私がこの子のことを、一番よく知っているのだ。

腹をくくり、トイレを出た後は、トイレ横のわずかなスペースに立ってあやした。

パニック状態で泣いている長男の耳元で、「大丈夫大丈夫」と言い聞かす。

そしてありとあらゆる歌を子守唄として、歌う。

何でもいいから、曲にあわせて長男の名前を歌うという、即興替え歌。

ちょうどいいのは「ポニョ」の曲に合わせて、

「と~もともともともともき~♪」

これでちょっと気がまぎれて落ち着き、また泣き疲れて眠る長男。

やれやれ。

と思って座席に着くや否や、また過敏に目を覚まし、泣き出す。

間髪いれず、私は立ち上がり、また元の位置に戻って、よしよしあやす。

そしてまた歌い、眠り、座り、泣き、立ち・・・。

何十回と繰り返したあと、ついにそのときがきた。

ウ〇が出たことを知らせる、あの爆発的な音響が。

思わず、よしっ。とガッツポーズで、トイレに直行。

あれだけ膨れていたおなかが柔らかくなり、

すっきりした長男は泣き止んだ。

は~、やれやれ~。へなへなと座り込みそうになる。

時計を見ると、約4時間の闘いだった。

トイレのオムツ交換台に乗せて、やっと自分もトイレに座る。

またあのCAに扉を開けられないかとヒヤヒヤしながら。

闘いを終え、残り4時間のフライトの、なんとも穏やかだったこと。

座席の前に、ベビーベッドを取り付けてもらっていたので、

そこにしばらく眠らせることができ、かなり助かった。

お隣に座ってた女性に最後お詫びとお礼をして、ようやくブラジルに入国。

ラストのフライトが、本当に長く長く感じた。

そして心に誓った。

帰りは絶対に便秘にだけはさせまい、と。

~つづく~


大変だったよ~。  


Posted by ぶるーな at 14:33Comments(3)ブラジル旅行

2013年11月19日

Brasil!!

16日土曜日の昼ごろ、那覇空港出発。

いつものようにギリギリまで準備に追われ、

空港でのチェックインで予想以上に時間をとられ、

とにかく乗り遅れてはならぬと、赤子とリュックをぶら下げて

全速力で登場ゲートに向かう。

そんな旅の始まり。

家族が見送りに来てくれてたけど、写真一枚撮る余裕もなく。

滑り込んだ機内では、幸い隣の席も空いていて、割と気楽に

成田に向かうことができた。

問題は成田からNY。

12時間のフライトと聞いただけで気が遠くなりそうだったが。

長男の忍耐力を信じ、私は五感を全てこの幼き我が子に集中し、

彼が何を望んでいるのか、どうすれば心地よく眠ってくれるか、

または機嫌良く過ごしてくれるか。

とにかく不必要に泣かせてはならぬという、重責を1人背負っての空の旅。

準備も万全だったのだが、

機内に入る前、列に並んでいるとマイクで私を呼び出すアナウンスが。

どうやら私のパスポートに不明な点があるらしい。

ブラジルの永住ビザのスタンプが押してあるのだが、

地味なスタンプだからか、ポル語表記のためか、

係りの人がよく確認できず困っている。

これですと指差すも、その他の書類も請求され、

ブラジルの身分証明書も見せる。

が、これがまた旧姓表記のままだったため

『結婚証明書はありますか?』ときた。

そんなのもってねーよ!と、心の中でさけびつつ、

冷静にポル語表記の書類に記載されていることを説明。

係りの女性の上司っぽい男性が、

『たぶん、大丈夫でしょう』と妥協してくれたので、OKとなった。

係りの女性が、不安そうに、不思議そうに、

『こんなの初めて見た…』と最後つぶやいたのが聞こえた。。。

私ら家族ではよくある光景だが。

ほんと、レアなケースで困惑させてしまい、申し訳ない。

NY行の座席も、お隣が空いていて、ラッキー。

ちょっとだけ長男をそばに置いておくことができるのが、非常にありがたい。

これなら12時間もあるし、映画の2、3本観れるはず!とチャレンジしたが、

けっきょく1本目の途中で断念。

不規則に起こる、ミルクとオムツ替えの要求の嵐に振り回されるのみ。

それでも割とご機嫌良く過ごしてくれた長男。

乳飲み子との二人旅、意外に余裕かも、とこの時思ったのだが。

のちのフライトでそれが見事に覆される事態が。

まったくもって、油断は禁物、である。

〜つづく〜



  


Posted by ぶるーな at 16:27Comments(3)ブラジル旅行

2013年10月30日

長男生後3ヶ月。

7月29日に生まれた長男。

はやくも昨日で無事3ヶ月を迎えた。

元気いっぱい。

最近からおっぱいだけでは足りなくなり、ミルクも一日一回追加するように。

かなり丸々と太ってきた。

まだ首はすわってないが、寝かせていると寝返りうちそうなくらい、体をひねらせることも。

目を合わせて、あやすと笑顔も見せてくれるようになった。

生後2ヶ月過ぎたころから、母親に連れまわされている長男。

先週は早速飛行機初搭乗。

ブラジル国籍取得と、パスポートを取るための一泊二日旅行。

台風27号の動きをぎりぎりまで気にしながらも、なんとか予定通りの日程でミッションクリア。


(家族全員写真に収まらなくなってきた・・・。)


(顔でかく、写真に収まらなくなってきた・・・?)

実は我が家の恒例ブラジル旅行が来月に迫っている。

過去2回は、何とか家族全員で旅行出来ていたが。

今回はどうにもこうにも、資金調達が困難。

ということで、私とこの幼き長男と二人で行くことになっている。

そのための準備として、ブラジルの国籍、パスポート、日本のパスポートなどなど。

日々準備に追われているところ。

先日は公費で受けられる予防接種に加えて、

保険のきかないロタウィルスワクチンも摂取してきた。

ブラジルに行く前に、できるだけ予防接種を受けておこうと思ってのことだが、

このロタワクチン、なんと1回1万5千円!

それを2回摂取するのだ。

値段を聞いて、一瞬躊躇した。

だが、過去にロタウィルスに感染して悲惨な経験を経ている私ら夫婦(プラス長女)は、

この高額な費用を負担してでも、摂取する価値ありと判断。

ブラジルでは公費で確か受けられて、二女だけは摂取している。

日本では最近から摂取ができるようになったとのことだが、

ぜひとも公費でまかなってほしいものである。

長女が感染したのは1歳半くらいだったが、激しい嘔吐&下痢で

小さな体で相当つらそうだったし、お世話してる私まで速攻感染してヘロヘロになった。

あの苦労を思えば、3万円の予防接種でさえありがたいというもの。

出発まであと3週間ほどだが、とにかく体調を整えて、ブラジルの地を踏みしめたい。

ブラジルの皆さ~ん。会いに行きますよ~。

~おまけ~

お姉ちゃん3人も元気っす。  


Posted by ぶるーな at 19:55Comments(8)Meu bebezinho.

2013年09月29日

カンポンさんといっしょ。

今月25日にタイから来られた、カンポンさん御一行。

初めての沖縄ならば、美ら海でしょ!ということで。

北へ~向か~うヮ♪(music by 潮騒のメモリ~)


お天気に恵まれ。


カンポンさん、グラサンで登場!

電動車いすで、颯爽と坂道を下るカンポンさん。


カンポンさん来沖の念願かなったウチの姉↑。

タイミングよく? 現在妊婦でつわりの真最中。

タイ語⇔日本語の通訳は姉しかできないので、旅行中かなりの重役。

ごくろうさまです。

こちらはMy family。

長男も、初美ら海。

カンポンさんをもてなすために来たはずが。

もっぱら自分たちの楽しみを追求する子どもたち。

ま、仕方ないか。

私も長男のご機嫌を見ながら、おむつ替えや授乳をしながらなので、
ほとんどおもてなしできず。

カンポンさん、すみません。


おきちゃんショー。

カンポンさんたちも、子どもたちも楽しんでくれた様子。

↓こちらはタイのお土産。

豆からできた、甘いお饅頭のような、まわりはゼリーのようなカラフル菓子。


コップンカー♪

カンポンさんご一行、あと数日間沖縄に。

私もできる限りご一緒させてもらうつもり。

生後2か月の長男のご機嫌次第だが・・・。

沖縄満喫してもらえますように~。  


Posted by ぶるーな at 14:27Comments(2)Noticias do Cotidiano.

2013年09月17日

スタンプ遊び。

連休もあまり外出させてあげられず。

おうち遊びで、3人娘が喜んでくれたのが、スタンプ遊び。

間違いなく服やテーブル諸々汚すので敬遠していたが。

あれこれ制限するのもかわいそうなので、妥協。


家中にあるスタンプを自由に押す、それだけ。





↓いつもシンケンジャー、長女。


↓遊びにはシンケンジャー、二女。


↓いつもゴキゲンジャー、三女。


↓こちらはおまけ。

チョーナンジャー(すみません・・・疲れてます私)。

敬老の日なのに、コキ使ってしまってごめんなさい、おばあちゃん。

老いも若きも、みんな元気で幸せ我が家。

あ~ありがたい。  


Posted by ぶるーな at 19:52Comments(4)子どもたち

2013年09月10日

自由研究。

小学三年生の長女。

今年の夏休み、自由研究に取り組んだ。

お題は「赤ちゃん(弟)のかんさつ」。

ちょうど出産前後が夏休みと重なったので、

私からやってみたら~と、提案。

初めての自由研究なので、本人何を書いていいかわからない様子。

私も小学生の自由研究って、どこまで親が関わっていいか自信がなかったが、

①写真を貼って、説明をする。

②自分で気づいたことを、書く。

③本などで調べたことを、書き加える。

ということをアドバイス。

毎日日記のように書いてくれるのかな~と見守っていたら、

なかなか進んでいない様子。

夏休み後半から、思い出し思い出し頑張って数ページを作成。

彼女なりに、よく観察して、頑張ってまとめていた。

そして先日の授業参観で、夏休みの作品展示。

こんな感じ↓。


壁には、夏休みの思い出を書いて貼ってあったのだが、それにも弟のことを書いていた。

↑絵もよく観察して描いている(オムツの色が変わる中央ラインとか)。

今回は出産の立ち会いも経験した長女。

正直に気持ち悪かったと告白しているが、それでもよく逃げ出さず

弟の誕生を見守ってくれていた。

オムツ替え、着替えなど、嫌がらずに手伝ってくれる優しい長女。

この自由研究も、彼女にとっても私にとっても、宝物。

弟が大きくなったら、この自由研究を見せてあげよう。

お姉ちゃんの愛情がいっぱい詰まったプレゼントだ。


お姉ちゃん、いつもお世話ありがとう♪


他2名のお姉ちゃんも、気まぐれにお世話、頑張ってます♪  


Posted by ぶるーな at 20:54Comments(3)子どもたち

2013年09月05日

本棚DIY。

秋が近づいているからか。

本を読みたい・・・

というよりも、本棚が作りたい。

ということで、作成。

本棚といっても、たくさん入れるスペースはなく、

厳選した好きな本だけを、飾って見せる収納。

図書館やカフェみたいに、ちょっとおしゃれっぽく、をイメージ。

狭い我が家。

作ったのは、食器棚の背部。

もともと仕切がわりにリビングに置いた食器棚なので、

ここならアパートのどこも傷つけることもないし。

さっそく学校で本を借りてきた長女に、本棚を使ってもらう。



幅7㎝の板と、直径1cmの丸材が主な材料。


落下止めの丸材は、取り外しできるように。

↓細い木材を小さく切って、ボンドでコの字にくっつけた。


工作レベルの作業だけど、かなりイメージ通りな出来上がり。

欲を言えば、ペンキ塗りまでしたかったけど。

新生児に作業を幾度となく中断される中での強行なので、

とりあえずこれで、妥協。

これからは本当に好きな本だけを残して、あとはガラクタ整理♪

産休中に、ガラクタのないすっきり部屋に変身させるのが目標!

~おまけ~

最近の長男坊。生後5週目。

よくおっぱいのんで、すくすく成長中。


1ヵ月検診も、問題なくクリア♪


お手製簡易ハンモックで、すやすやお昼寝~Zzz…

Bom descanso...  


Posted by ぶるーな at 19:22Comments(0)Noticias do Cotidiano.

2013年08月23日

Miniバス旅行。

夏休み。

私の出産・産後の時期とちょうど重なり、

子どもたちをどこにも連れて行ってあげることができない。

時々パパが連れだしてくれることもあるが、ほとんど近場や

パパのサッカー練習会場に付き添う程度。

先日の旧盆は2泊3日、私の実家に泊り込みだったが、

やはりほぼ缶詰め状態で、思いっきり遊ばせてあげることができなかった。

そんな中、今日は長女の親友Uちゃんが遊びに来てくれて。

実は夏休み前から、

「Uちゃんとバスに乗って、おばあちゃんの家に遊びに行く」

という計画を立てていた。

しかし出産育児でなかなか私も落ち着かず。

気が付くと、今日を逃すともう夏休みも終わってしまいそうで、

あわてて実行することになった。

午前中はウチで遊んで昼食まで食べて、そのあとバスに乗り込む。

メンバーは、長女、Uちゃん、そして二女。

↑時刻表を再確認する3人。

実は長女&二女は、先日一度だけ予行練習している。

だからきっと大丈夫、と信じて三人を送りだす。

バス停が自宅ベランダから見えるので、三人が間違いなくバスに乗るのを見守る。

お天気も、よし。

予定時刻より、ちょっと遅れて乗りたいバス到着。

いってらっしゃ~い。

わずか30分ほどのバスの旅だけど、こっちがドキドキする。

私もよく長女くらいの歳の時に、自宅からおばあちゃんちまで一人でバスに乗って遊びに行っていたことを思い出す。

長女にとって、今日のバス旅行が夏休みのいい思い出になりますように。。。

お姉ちゃんたちがいない、静か~なお家では・・・

長男、熟睡可。(最近ちょっとぽっちゃりしてきた)


平和だな~。  


Posted by ぶるーな at 19:35Comments(4)子どもたち

2013年08月19日

産後お疲れ期。

長男が生まれて、今日で3週間目。

ちょっと黄疸ぎみで色濃い赤ちゃんだが、元気。

日に日に顔も変わるし、寝る時間、飲む時間も不定期。

う〇ちも一日10回くらい出てたのが、急に二日も出なくなったり。

子育て4人目ではあるが、やはり新生児の体調には気を使う。

寝ている間に、掃除洗濯等々段取りよく済ませようと思っても、泣いて呼ばれる。

明らかにおっぱいというときはすぐに授乳するが、そうでないときは

主人や娘たちに「おむつ見てみて~」「ちゅっちゅ(おしゃぶり)してあげて~」

「眠いはず~。抱っこしてあやしてみて~」と、指示。

そうしないと、お母さん、何もできませぬ。

それでも最終的には泣きやまず、

「やっぱりおっぱいみたいよ~」と、

私にパスがまわってくる。

ま、これが母親の仕事なんだが。

ちょっとお疲れで、ストレスたまりがちな産後のこの時期。

過去の経験からも、産後2~3週間目に心身の疲れが顕著となる私。

できるだけ、何らか理由をつけて一日一度は外出(といっても、30分から1時間)の機会を作ろうとしているのだが。

先日、気づいたら丸2日一歩も外に出ていない。

寝ている長男を主人にお願いして、脱出成功。

遠出はできないので、近くのコンビニでカフェを一杯。

これだけでも、かなりリラックス。

ファミカフェ、癒しをありがとう~♪

疲れもするが、充電すれば、育児は楽しい。

こんな風景も・・・↓

寝ている弟の顔を見ていた三女。

いつの間にか・・・

一緒にお寝んね。。。

「弟が産まれたら、指しゃぶり辞める」宣言していた三女だが・・・。

ま、いいか。いつかは卒業してくれるだろう。

さ、ちびっ子たちに負けないように、お母ちゃん頑張らなくっちゃね。
  


Posted by ぶるーな at 15:45Comments(3)子どもたち

2013年08月15日

Aniversario do meu marido.

8月13日は、主人の誕生日。  

47歳に。

ケーキは「まめや」のパンプキンパイ。

ケーキの好みがバラバラの我が家だが、このパンプキンパイだけはみんな大好き。

かぼちゃの甘味がちょうどよく♪

↑長女。                ↑二女。


パパおめでとう~ by長男。

恒例の、家族記念写真。

それにしても、人数増えたな~。

主人とブラジルで出会ってから、約10年。

結婚したら、子どもは3人は欲しいな~と話していたのが現実となり、

それを超える4人目もこうして授かり。

主人はいつも、この平凡なごく普通の幸せを、心から喜んでくれる。

顔は日本人とはいえ、頭と心はブラジル人。

遠い祖国から離れて、私以外誰一人親戚知人もいない沖縄に来て、

本当に苦労していた。

沖縄の仕事の無さ、時給の低さに驚きつつ、

アルバイト3つ掛け持ちして、朝から晩まで働いていた結婚当初。

基地内のバーの掃除のお仕事で、25セントコインを拾っては、

嬉しそうに貯金箱に貯めていた日々。

お酒もたばこも一切しない、趣味は語学の勉強という、

見た目とはかけ離れた、真面目な主人。

唯一サッカー中毒で、怪我しても病気しても、

「サッカーしないと死んじゃう」

と言って、隙あらばサッカーに出かける主人。

そんな主人に、細かなことで不平不満を抱いたことを、

今この場で、謝罪しよう。

我慢強く、真面目でユーモアのある主人のおかげで、

我が家が明るく幸せなのだ。

家庭の平和をもたらしてくれているご主人様に、心から感謝。

これからも、よろしくお願いいたしまする。

~おまけ~

☆長男アルバム☆


どちらも知人友人から頂いたお洋服♪ Obrigada!

おねんねシーン。

↑上から

↑下から。


↑体操?


↑すやすやZzz…。


↑頭、ママの手のひらと同じくらいかな?


↑お風呂~♪


↑ジョージに負けず劣らず、男前でしょ?!  


Posted by ぶるーな at 20:37Comments(6)Meu bebezinho.

2013年08月12日

入院中アルバム。

平成25年7月28日(日)~8月2日(金)の入院期間。

いろいろ写真集。

☆部屋からの眺め。
~朝~

~昼~

~夕~


☆長女&二女から、頑張れメッセージ。


☆出産直後の体重測定。


☆長女・二女・三女&長男、いろいろ。


↑三女。触ってみようかな・・・。

↑二女&三女。おままごと?

↑生まれて2,3日は泣いてばかり。

↑お姉ちゃんたち、顔デカい。

↑長男、足デカい。

↑二女。母親気分♪

↑ドレス?! 二女作成。

↑長女&三女。ぷにぷにしてる~。

↑三女&長男。抱っこできたよ~。

↑退院の日。みんなでお着替えお手伝い。

↑退院の日。二女&長男。(背後に三女・・・)

 
↑長女&長男。さすがお姉ちゃん。抱っこ上手。






☆三女出産時にお世話になった助産師さんと。

本当に、お世話になりました♪

退院後の様子いろいろは、またのちほど。。。
  


Posted by ぶるーな at 21:34Comments(2)Meu bebezinho.

2013年08月09日

命名。

産まれてから、2週間以内に手続きしなければならない「出生届」。

そのためには、名前を決めておかねばならないのだが、

我が家は毎回いつもぎりぎり。

ブラジル名は主人がすでに決めていて「ケビン(Kevin)」。

どうしてもケビン・コスナーのイメージだが、主人によると

別のケビンさんにちなんでらしい。

男の子が産まれたらこの名をと、長女のときから考えていたらしい。

名前と顔のイメージがかけ離れているのでは・・・と不安だが、

お互い決めた名前に文句をつけないルールなので、これで良し。

さて、日本名。

実はお腹の子が男の子らしいと判った妊娠5か月頃から、

主人が「たろう」と呼び始めた。

それが習慣化し、3人のお姉ちゃんたちにも「たろう」が定着。

出産が近づいてきて、日本名をつける私はプレッシャーを感じてきた。

ストレートに「太郎」だと、

「ケビンタロウ」

という響きがあまり気に入らない。

それで、〇太郎

と、太郎の前に一文字入れることを考えた。

響きや何かゆかりのある漢字を探し、

「智(とも)太郎」

に決めた。

「智」は私の母にゆかりのある漢字なので、母も喜んでくれると思ってのことだったが、

名字とのバランスや画数等々専門の方に見てもらうと、

あまりよろしくなかったらしい。

それで、もうあれこれ考える時間もないため、

お任せコースでつけてもらったところ・・・

「友希(ともき)」

と、ご命名。

「智」が「友」になり、

タロウは消去。

キラキラネームと違って、漢字もわかりやすいし、いいんじゃないでしょうか。

主人に報告すると、

「たろう」が消えてしまったことに絶句していたが、

お互いの命名に文句はつけないお約束。

この名前が、きっと彼に最もふさわしいのだ。

半年くらい、ずっとタロウタロウと呼んでいたので、

家族みんなが、まだつい「タロウ」と最初呼んで、「あ、違った。ともき~」と言い直している状況だが。

金曜日の今日。午前中に、市役所へ。

無事出生届を提出し、晴れて一市民として登録された我が長男。


松本市長さん、未来を担う貴重な市民、一人増やしましたので。



子育てしやすい街作りに、4児の母として私も協力していきたい。


おばあちゃんにとっても、初男の子の孫ちゃん。

ますますおばあちゃんの力も借りることになりそう。。。よろしくお願いします。  


Posted by ぶるーな at 19:32Comments(4)Meu bebezinho.

2013年08月07日

長男出産経過記録④。

平成25年7月29日(月)。

記録によると、午後1時37分に子宮口全開。つまり10cm。

1cm開くのも、いや0.5cmさえあれほど時間がかかっていたのに。

破水してからわずか10分ちょっと。あれよあれよの展開。

分娩台に上がり、仰向けの体制。

いつもは四つん這いなのだが、あまりにも分娩台が上等で

足もしっかり踏ん張れそうだったので、私に迷いが生じる。

多くの妊婦さんがそうするであろう、ごく一般的な仰向け体勢で産めるかも。

実は「いつも四つん這いなんですが・・・」と言ったとき、担当の若い看護師さんが一瞬固まったのを見逃さなかった。

たぶん、そんな妊婦を担当したことがないのだろう。

しかしすぐにちょっと先輩の看護師さんが、私の気持ちをもう一度確認してくださった。

仰向けでも踏ん張れるなら、やってみようかなと思うんですが・・・と、話している最中にも

両足がガタガタ震えている私。どうやらやっぱりこの体制では力が出ないようだ。

「四つん這いになるなら、今のうちがいいですよ」と落ち着いて先輩看護師さんがアドバイスしてくださったが、

その言葉で、赤ちゃんの誕生がもう間近であることを察する。

腹を決め、やっぱり四つん這い体勢を選択。

ちょうどその時、看護師さんが呼びに行ってくれていた主人と子どもたちが分娩室に到着。

主人も私と看護師さんのやりとりを聞いて、

「いつも妻は四つん這いです」と、さすが四度目、主人も落ち着いてコメント。

四つん這いになると、私の視野には先生も看護師さんたちも入らない。

立ち会いをしてくれる、主人と子どもたちの顔はしっかり見える。

まだお昼寝中の三女を右手で抱っこし、左手は私の手を握ってくれる主人。

長女と二女は、パパにくっつくようにして、緊張気味に分娩室の様子を伺っている。

↑こんな感じ。

陣痛の波の間には、まだ余裕があり、子どもたちを安心させようと笑顔を作る。

↑半分作り笑い。陣痛中の苦悶の表情はとてもお見せできない・・・。

しばらくして、先生が到着。

午後になって、女医先生に交替しているかも・・・と淡い期待も空しく。

午前中と同じ男性医師登場。(誤解しないでほしい。若くてイケメンの腕のいい先生に間違いない)

心理的に女医先生のほうがいいな~と思っているだけで、男性医師でも構わないのだが。

しかし午前中に引き続き、もう一度ちょっとした事件が起きる。

内診した男性医師と看護師さんたちのやりとりが、顔が見えない分はっきりと聞こえる。

「あれ?まだ9cmだよ」

どうやら、看護師さんの判断では10cm全開ということで先生を呼んだが、

実際先生が診てみると、まだあと1cm足りないということらしい。

看護師さんたちに、妙な沈黙の波が漂っている。

午前中のこともあり、「一度分娩台降りましょう」と言われかねない。

そんなこと言われてたまるか、と、私の闘争心に火が点いた。

『1cmくらい、いまこの場で広げてやる!』
(注:本来は自然の力に任せるものです。良い妊婦さんは決してマネしないでください)

もちろん口には出さないが、何が何でも今産んで見せるぞというエネルギーが湧き起こる。

陣痛の波が来るたびに、いつものごとく唸り声が出る。

看護師さんが、「上手ですよ、頭見えてきましたよ~」

などと、褒めてくださる。

その頃、立ち会いしていた二女はしびれをきらし。

「まだ産まれないの~。おっそ~い。」

と、陣痛に苦しむ私の横でぼやく。

どんな場面でも、二女のマイペースさは変わらない・・・。

4,5回大きな波が来ただろうか。

看護師さんが「いきんだ後に、ふーーーって息吐いて~」とリードしてくれるが、

いきむのだけでも苦しいのにもう「ふーーーっ」て吐く息がない。

でもとりあえず形だけ、イメージだけで「ふーーーーっ」。

こんなんでいいのか?

自分に突っ込みながら、もう本当に赤ちゃんの頭が出そう。

そしてついに。

「頭でました~。今度肩がでま~す♪」

と、明るい看護師さんの声。

自分でも実際には見えないが、はっきりと頭がポコッと出て、肩からスルリと全身が出てきたのがわかった。

時刻14時17分。

痛みもスッと消え、赤ちゃんの泣き声を待つ。

それほど待たずして、かなり元気な泣き声。

主人か娘たちが写真を撮ってくれてるかが気になって、彼らを見ると誰も何もしてない。

思わず「カメラカメラ」と要求。

四つん這いの姿勢なので、左腕で上体を支え、右手にカメラを持ち、左側から足元をのぞきこむような形で、ビデオモードで撮影。

紫色だが、元気に泣いている赤ちゃん。

まだへその緒もつながっている状態。

出産直後に、自分で我が子を撮影する母親は稀なようで、

看護師さんや先生から「すごい~」と感嘆と笑いの声が。

『これくらい、わたくしには何でもございませんの。おほほほほ。』

そして、

『どうです、先生。すぐに生まれましたでしょ。おほほほほ。』

と、ココロの中で勝利宣言。(勝ち負けじゃありませんが・・・)

撮影中、看護師さんが私の名を呼び、

「それでは、赤ちゃん下から行きますよ~」

と、まるでラグビーボールのパス?のように、両足の間から赤ちゃんをキャッチ。

カメラを主人にバトンタッチし、赤ちゃんを抱きかかえる。

が、

で?次はどうしろと?

本能的に、おっぱいをあげようとしてみるが、まだ産まれて数分。へその緒ついたままの赤子は泣くばかり。

看護師さんの指示で、体勢を仰向けに。

すると今度は、看護師さん

「誰がへその緒切りますか~?」

ときた。

今どき、へその緒家族の誰かが切るのはスタンダードらしい。

これまではへその緒チョッキンの経験がない我が家のメンバー。

だれも「はい」と手をあげないので、思わず「私が・・・」と言いそうになったが

雰囲気的に「お父さんどうぞ」という流れに。

パパ、戸惑いながらも初チョッキン。

切り終わった後、

「すみません~」と謝っていた。

なんだか悪いことしたみたいだった、と。

長女と二女は、さすがにへその緒はグロテスクだったらしい。

赤ちゃんの身長や体重等々測ってもらっている間、

私は第二の出産の、胎盤を出す処置。

出産から約10分後に胎盤が出たが、「胎盤が出るまでがお産ですよ~」と言われる。

確かに胎盤が出る時も苦しく、またその後のあれこれ処置されるのも痛い。

赤ちゃんが生まれるときは、痛いのが当たり前なので、

「痛い~」

と叫ぶことはあまりしないが、

その後の処置は

「痛いです、痛いデス、先生~」

と、ちょっと泣きべそ。

先生は

「はいはい、これ大事な処置だからね~」

と淡々と任務遂行。

私が頑張っていきみすぎて、あちこち切れてしまったらしい。

不要な闘争心を持ってしまった代償だ。

先生、すみませんでした。

そして、ありがとうございました。

看護師さんも、みんな優しくて。

特に担当してくれた若い看護師さんは、

「私、四つん這い初めてだったんです。勉強になりました♪」と言って下さり。

「こちらこそ、びっくりさせてごめんね~」とお伝えした。

私の処置も終え、赤ちゃんもキレイにしてもらって、しばらく分娩台の上で赤ちゃんを抱っこ。

長かった(ように感じた)妊婦生活が、やっと終わった。

そして、新たに4度目の新生児との生活が始まった。

3人娘を授かった後、2度の流産を経験したときは、もう妊娠はないと思っていた。

39歳という高齢(今の時代、珍しくはないかもしれないが)で、無事に元気な、しかも

我が家に男の子が授かるとは。

神様、仏様、ご先祖様。

本当にありがとうございました。

みんなで、大切に育てていこうね。

↑(長女&三女&赤ちゃん。二女はいつの間にかどこかへ・・・)


↑生まれて約1時間後♪

長男出産経過記録 ~完~。  


Posted by ぶるーな at 21:42Comments(4)Meu bebezinho.

2013年08月06日

長男出産経過記録③。

平成25年7月29日(月)。

昨晩は、病院の個室で家族5人過ごした。

ベッド1つに、ソファ1つ。

みんなそれぞれ居場所を見つけて、寝ていた。

私はベッドの1/3のスペースを何とか確保し、転落しないようバーを上げて、それに張り付くようにして。

時々二女や三女が落っこちたが・・・。(その後簡易ベッドを1つ追加し、問題解決)

私の陣痛は、間隔は短くなってきたものの、急激には強まらず、朝を迎える。

8時の朝食。

「あまちゃん」見ながら、おいしく頂く。

9時過ぎに、Dr.の診察を受けるため、内診台に上がる。

その内診時の先生とのやりとりで、事件が。

その病院には先生が3人いらっしゃって、一人は男性医師。

3年前の三女の出産時には、女医さんばかりだったので、

正直ちょっと苦手意識があった(決して悪い先生じゃありません、若くてイケメンの腕のいい先生♪)。

この日の担当だったのが、その男性医師。

子宮口の開きは3cm、と告げられる。

「うっそ、まだ3cm~」と内心、がっかり。

入院して丸1日が経とうとしているのに、なかなか進まない陣痛。

すると先生から、ある提案が告げられた。

「一度帰って家事でもすれば、陣痛進むはずだけど。どうします?」

と。

「へ?」

私は耳を疑った。

なかなか進まないから、陣痛促進剤などを勧められるのかと思いきや、

これから帰宅?

陣痛進んでないとはいえ、痛みが来たら歩くこともできず、呼吸も乱れる状態なのだ。

内診台で、カーテン越しの先生に向かって、

「痛いんです、歩くのもできないんです」

そう伝えると、先生はそれ以上無理に帰宅を勧めることはなかったが、

なんだかとても悔しくて悲しくて、涙が出た。

こんな状態で帰って、家事できるわけないでしょ。

昨日の看護師さんが優しく入院を勧めてくれたのと、正反対の先生のご意見。

「この辛さ、わかってもらえてないんだ」

そう思うと、内診台から降りても涙が止まらず。

部屋まで若い看護師さんが付き添って歩いてくれたが、この妊婦になんと声かけてよいか戸惑っているのがわかった。

いい先生だけど、きっと男性だから細かい妊婦ゴコロまでは理解できないんだろう。

先生に悪気は全くないのもわかってる。陣痛を強めるために、良い方法として帰宅を勧めたのも、わかる。

でもでもでも。

このプレッシャーや不安と闘っている私の気持ちを、一番感じて理解して欲しかった。

出産前後、ときどきこうして感情がコントロールできなくなる時が、毎回ある。

部屋に戻ると、私の泣き顔を見て、主人も子どもたちも心配顔。

これ以上泣くまい、と思ってもポロポロ涙が止まらない。

泣きながら陣痛の波もやってきて、余計に悔しくなる。

看護師さんが心配して、また早めに回ってきます、何かあったら呼んでと気を使ってくれている。

幸か不幸か、内診した後から、陣痛がちょっと強まってきた。

泣きながら、それを感じる。

主人に気持ちを聞いてもらい、ちょっと落ち着く。

↑(悔しさと陣痛で泣いている私を心配する三女 photo by 二女)

その後、お昼時間になった頃。

本当に痛みが強まってきて、食欲もない。

昼食が運ばれてきたが、起き上がる力もない。

入院中の食事の記録写真を残しておこうと思っていたが、

もうそんな余裕もない。

子どもたちが元気よく「食べていい~?」と私の昼食を狙ってきた。

「いいよ~」

と、私はひと口も食べることなく、陣痛の波と闘う。

昨日入院した時は、昨日中もしくは翌日午前中にはもう産まれているだろうと思っていたので、

お昼も過ぎてしまったことに、かなりの疲労感を感じる。

陣痛の間隔は8~10分くらいだっただろうか。

痛みは強いが、あまり間隔が短くなっているような気はしなかった。

もっともっと出産が近づいたら、カウントする余裕もなくなってくるから。

午後1時過ぎ、モニターをするために、別室に移動。

前日、最初にモニターをしたあの部屋で、ひとり静かに過ごす。

モニターからは、休むことなく赤ちゃんの心音が「ドクン、ドクン・・・」と早いリズムを響かせている。

横になり、目を閉じて、モニターから聞こえてくる音を聞きながら、

陣痛の波が来たら、目を開けて「ふぅぅ~~」と息を吐いて痛みをこらえる。

「目を開ける」のは、看護師さんからのアドバイス。

痛い時、どうしても目を閉じてしまう癖のある私に、

目を開けたほうが痛みがラクになるョと言われ、忠実にそれを守って。

モニターを開始して、15分くらい経った頃だろうか。

それは、妊娠4度目にして、初めて経験した感触だった。

陣痛の波がちょうど来ている最中、

「パーンっ!」

と、お腹に衝撃が走った。

赤ちゃんの頭が、ぐっと下がった感触と共に聞こえたその音。

「破水だ!」

これまでの出産では、いつ破水が起きたかよくわからなかったり、

自然には破水せずに、人工的に処置をしたりしての破水だった。

よく破水するときに音がする、とは聞いてはいたが、本当だった。

モニターが始まるときに、看護師さんがナースコールを手元に置いていてくれたので、

すぐにボタンを押す。

担当の若い看護師さんがきてくれる。

「破水、しました!」

看護師さんは、ちょっとあわてた様子。

「破水したらきっと早いので、分娩室に移動しましょう」

とのこと。

なんだか急展開だが、内心は破水はしたけど、そんな今すぐ出産ってわけじゃないでしょうという思いも。

車いすが用意され、それに移ろうと体を動かすと、羊水が尋常なく流れ出る。

そうなると、やっぱりいよいよ産まれるのかも?!と、戸惑いながらも気持ちを切り変える。

破水時間、午後1時26分。

ついに、待ちに待った出産までのカウントダウンが始まったのだ。

~続く~
  


Posted by ぶるーな at 23:15Comments(2)Meu bebezinho.

2013年08月05日

長男出産経過記録②。

平成25年7月28日(日)、午前10時。

病院に到着。

日曜日なので、外来も閉まっており、いつもよりひっそりとした院内。

笑顔で迎えて下さった、ベテランの域に達してるであろう看護師さん。

内診をしてもらうと、子宮口は2.5cmほどの開きとのこと。

前回までの内診ではまだ1cmと言われていたので、陣痛がきている分ちょっとだけ進んでいる感じ。

しかし出産時には10cmの全開状態で産まなくてはならないので、先はまだまだ長い。

でもこのまま順調に行けば、今日中にも生まれてくれるかもと期待しながら、

最初のモニター診断。

お腹にベルトを巻いて、赤ちゃんの心音などを確認。

↑こんな感じ。

2,30分のモニター中、1,2度は痛みの波が来るのだが、なんだか思ったより進んでいない感じがする。

むしろ、家にいたときよりも痛みが和らいできているようだ。

「まずいぞ、これは。」と思う。

そして初めての出産に臨んだ長女の時のことを思い出す。

痛みを感じて陣痛だと思い病院に行ったら、

「まだまだ、こんなもんじゃないですよ~」と、帰されたあの時。

結局翌日にもう一度受診して入院、ということになったのだが、

出戻りさせられるのがとても恥ずかしく、私と主人のちょっとしたトラウマになっている。

これまで二女、三女はそんなことはなく、陣痛を感じて受診し、そのまま入院出産に至ったので、

今回も大丈夫だろうと、病院に着くまでは思っていたのに。

「帰されるかも~」と思いながら、看護師さんに正直に今の状況と不安な気持ちをお伝えする。

すると、「病院に着いてちょっと安心したのかもしれませんね。でも今帰るとまた夜中に強まる可能性もあるし・・・。このまま入院をお勧めしますよ」と。

なんて優しい看護師さん。

これぞ天使だと思ったほど、その時の私は不安でいっぱいだったのだ。

よし。頑張って順調にお産に向かっていくぞ!

と、心の中で気合を入れ、入院するお部屋に移動。

ぞろぞろと、主人と子どもたちも一緒にお部屋に入ると、

広々として清潔感のある素敵なお部屋。

三女の時も、同じ病院だったのでその雰囲気は知っているのだが、

三女の時は個室が満室だったため、最初は大部屋で過ごしていた。

入院直後から、個室で家族一緒に過ごせることもあり、かなりリラックス。

そのリラックスが裏目に出て、私の陣痛はさらに遠のいていくのだった・・・。

入院してすぐ、昼食が用意され。

半分ほど、子どもたちに奪われる。

美味しい昼食だが、なんだか申し訳ない気持ちになる。

陣痛の波が30分以上も間隔があき、痛みがない時は本当に余裕がある。

入院してていいのだろうか・・・と不安になるくらい、昼食後は1時間に一回くらいしか大きな痛みが来ない。

部屋をうろうろ歩いたり、5階建てのビルなので階段を往復してみたり(といっても一度だけ)。

そうこうしていたら夕食の時間。

これもおいしく頂くが、気分はなんだか長時間の飛行機に乗っているような感じ。

日本⇔ブラジルの往復を何度か経験しているが、とくにやることもないが食事だけがしょっちゅう出てきて、義務的に食べなきゃならないというような状況に、この日はよく似ていた。

時々、看護師さんが回ってきてくれるが、陣痛の進まない私を責めることなく、

本当に優しい笑顔で接して下さるのがありがたく。

いろいろ陣痛が進むようアドバイスをもらい、できることはやってはみたがあまり変化はみられず。

夕食後、病院着に着替えてみたら心理的に効果があるかもと思って、お着替え。

で、記念写真撮ってみたり。
(お気づきだろうか、主人の髭が剃られているのを)

そのうち、てだこ祭り最終日の花火大会が始まり・・・。

病院の廊下から、花火鑑賞。

まだまだそんなことも楽しむ余裕のある、入院初日。

今日中の出産はなさそうだな~とあきらめる。

でもいつその時が来てもいいように、主人と子どもたちも私に完全密着。

ということで、ちょっとした買い物や用事の外出以外は、この個室で過ごす。

お腹の赤ちゃんは、相変わらず元気で胎動がすごい。

陣痛が近づくと、胎動が減るという。

まったく減っていない。

お願いだから、出てきておくれと赤ちゃんにお願い。

とりあえず、この日は帰宅させられる心配はなくなったので、

本陣痛に備えて、眠れる時間はしっかり眠って体力充電しようと気持ちを切り替えて。

夜中も時々看護師さんが回ってきてくれるのが、ありがたいような申し訳ないような。

主人と子どもたちはクーラーの効いた快適なお部屋でぐっすり。
(家にはクーラーのない我が家・・・)

入院初日の夜は、なんだか変な気持ちに支配され、眠ったのか眠れなかったのかもよく覚えていない私。。。

~つづく~

  


Posted by ぶるーな at 22:27Comments(5)Meu bebezinho.

2013年08月04日

長男出産経過記録①。

平成25年7月29日(月)。

午後2時17分に、我が家の第四子となる長男を出産。

体重3228g、身長49.4㎝。

ちょうど一週間前の日曜に入院。

翌月曜日に出産という結果となったが、

入院から出産までの時間は、意外にも今回が一番長かった。

7月27日(土)に、前回のブログに書いた通り、ピアノ教室に行ったりてだこ祭りに行ったり。

その日床に就いた後、日付が変わった夜中1時過ぎに痛みで目が覚めた。

それまでは、日中お腹の痛みがきても夜は割とぐっすり眠れる状態だった。

確実に違う種類の痛みに変わったという確信があり、寝ていた主人を起こす。

陣痛が始まったようだということを伝え、病院に連絡しようかどうか迷う。

しかしもし真夜中に病院に行くことになると、眠っている3人の娘を一緒に連れて行くのは難しい。

とりあえず夜が明けるまで、様子を見ようということになる。

6時頃から7時、8時にかけて短い時で10分、長い時で20分間隔くらいに訪れる痛み。

9時過ぎに産院に電話をし、状況を伝える。

経産婦ということもあってか、私が思っていた以上に電話の向こうから「急いで来て」モード。

破水するかもしれないので、できるだけ早く来てくださいと言われ、

それでは10時までには行きますと約束する。

今回の出産は、できれば家族全員でその瞬間を迎えたいと主人と話していたので、

陣痛が始まったら、家族一緒に行動しようということになっていた。

それには前回3女出産の際、長女と二女をおばあちゃんに預けていたら、

連れてきてとお願いしていたにも関わらず、結局立ち会い時間には全然間に合わせてもらえなかったのだ。

考え方の違いもあるが、今回は我が家にとって最後のBaby誕生になるかもしれないので、

この貴重な瞬間をみんなで共有したいというのが、私と主人の想い。

おばあちゃんには悪いが、今回は私たちの作戦を決行させて頂くことにした。

「病院に行くよ~」と娘たちに号令をかけ、出発準備開始。

娘たちの準備と同時に、掃除、洗濯、冷蔵庫の整理など、私が不在になるしばらくの間やっておいたほうがよさそうなことを淡々とこなす。

その姿を見た主人は「余裕だね。やっぱり経験があるからだね!」と関心している。

だって、ある程度やっておかないと、家の中が大変なことになることが解ってるし~。

午前9時半ごろ、自宅を出発。

いよいよ始まるのだ。

出産という、最も痛くて、最も幸せな苦しみが・・・。

~つづく~  


Posted by ぶるーな at 18:07Comments(3)Meu bebezinho.

2013年07月27日

カウントダウン。

予定日まで、あと4日。

いつもより、お腹の張りも強くなっている気がしている。

たぶん「前駆陣痛」と呼ばれる、本格的陣痛が来る前の予行練習みたいなもの。

この週末本物の陣痛が来てほしいと思いつつ、

こればかりは本当に自分でコントロールできないので、気長に待つしかない。

今日は主人も仕事が休みなので、朝から家族でお出かけ。

まずは、ピアノ教室。

毎週土曜日練習に通っている、長女と二女。





そして今日は、もう一人。

パパ。

頑張ってます、誰よりも。

私が人生で初めて出会った「音感とリズム感を持たない人」だったこの方を、

根気強く指導して下さっているMichiko先生に、心から感謝。

実際、だいぶ良くなっている。

私はどうしても欠点を指摘してしまうので、「褒めて伸ばす」先生の方針が

彼にはぴったりのようだ。

これからも頑張って下さい、子どもたちとの連弾ができる日まで♪

ピアノの後は、今日から始まっている「浦添てだこ祭り」会場へ。

ここ数年は仕事の延長で、売り子として参加していたが、

産休中の今回は、とりあえず顔を出すだけ。

混み合う夜を避け、昼間にお邪魔。

My職場ブースに行くと、なんとタイミングよく浦添市長さんに遭遇。

当選してからは、ウチの主人が一度もお会いしてなかったので、

あらためて「おめでとうございます」のご挨拶ができて大満足。

長女も「市長さんになってから会ってない~」と、再会を心待ちにしていたので、

よかったねーと思ったら、長女がこともあろうに市長さんに向かい、

開口一番、爆弾発言。

「鼻毛出てるよ~」

しかも超デカい声で。

パパにならいくらでも言って良いが、

よりによって10余万市民を率いる若きリーダー松本哲治市長に。

大変失礼いたしました。

長女は生まれたときから松本市長さんとは面識があり、

最近まで「しゃちょうさん」と呼んで親しみを持っていたのだ。

だから普通言えないことも、親しいが故につい言ってしまったのであろうと思うが。

「親しき仲にも礼儀あり」

を、親として今後しっかりしつけることをお誓いし、

あらためてお詫びとさせていただきたい。

本当に、申し訳ございませんでした。。。

市長さんとして初めてのてだこ祭り、頑張ってください♪

さて、お祭りといえば、子どもたちのおねだり大合唱。

一回500円の「アンパンマン釣り」×3人。

パパが払ってくれた。



それぞれ、景品GETしてご満足そうだが、どれも100均にありそうなモノ・・・。

そして毎年恒例の、金魚すくい。

5枚づつ、すくい網?をもらうが、三女はそれを一度に水の中へ。

あっという間に、穴が開き。

空っぽで、終了~。

しかし良心的な?、このお店。

それぞれ一匹はお持ち帰りOK。

ということで、3匹の金魚が家族の一員となることに。

(このあとメイクマンにて水槽等々購入することに)。

ママは赤ちゃんの世話で精一杯ですから。

どうぞパパと皆さんで、しっかり育ててください。

緑色の水槽になっても、ママ知りませんからね~。

明日も産気付いてなければ、足を運びたいと思っているが、どうだろう。

とにかく天気に恵まれて、最高のお祭り日和。

今夜の花火にも大いに期待。

花火の音が、陣痛促進剤になりますように~♪  


Posted by ぶるーな at 18:39Comments(4)Noticias do Cotidiano.